銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―41話・急に起こるもの―



翌日。パーティはリトラ達が居る場所に集合し、
一夜明けたことでギスギスした雰囲気も大分薄れていた。
「ちょっとー、脳みそ筋肉ちゃ〜ん。」
「な、何よ。」
昨日のこともあるだろうが、
それ以上にナハルティンの声音が不気味で、アルテマは身構えた。
普段から変われてばかりなので、当然の反応だ。
「昨日はちょーっとからかいすぎちゃったみたいだからさ〜。
ごめんねー♪」
だがそんなことは意に介さず、ナハルティンはさらりと謝った。
あまりにさりげなかったので、
言われた方は毒気を抜かれてしまう。
「あ、あんたにあやまられても気持ち悪いんだけど……。」
「あー、失礼〜。
ま、今のはペリドちゃんに免じて許してあ・げ・る。」
けらけら笑って、ナハルティンはペリドの方に行ってしまった。
アルテマは、唐突な行動にあっけにとられるだけだ。
「何それ……。」
“ま、まぁまぁ……あきれないであげて。”
ポーモルにとりなされて、アルテマはとりあえず平静になる。
と、今度はリトラがアルテマの方にやってきた。
今度はなんだろうと彼女は思ったが、何の事はない。
リトラも用件はナハルティンと同じだった。
「おいアルテマ、昨日のそんな気にすんなよ。
別に怒らせる気はなかったし。」
「あ、そう……。
あ、あたしこそ……ううん、なんでもない。」
ごめんの一言が素直に出ればいいのだが、
やはり昨日、捨て台詞まで吐いて出て行ったことが尾を引いているらしい。
誤る気がないわけではないのだろう、
傍目から見た表情もすっきりしないように見える。
「ところでアルテマおねえちゃん……あのこと言わなくていいの?」
「え……んー……まぁ。
ところでフィアス、もうちょっとちっちゃい声でしゃべってくれない?」
頭にひびくんだよねと、アルテマが情けない声でつぶやく。
「具合が悪いんですか?」
「うん……朝から頭がちょっと痛くて。」
丈夫さには自信があるのにと、アルテマが愚痴をこぼす。
実際、これまで彼女が体調を崩したことはないので珍しい。
「きっと、寝てる時に冷えちゃったんですよ。
ちょっと夜中は冷えましたから。
今日は山に行かないで、ここで休んだほうがいいんじゃないですか?」
「い、いいって!
ちょっとだけだから、こんなの動けば直るし……。」
ペリドが心配して言葉をかけるが、
迷惑をかけたくないアルテマは、慌てて平気だと言い張った。
だが、そんな強がりを聞いてくれるわけもない。
「無理すんなよ。調子悪いのに山に登ったり、魔物にあったらよくないだろ。
クークーも置いてくし、ジュデムはおれ達が取ってくるから休めよ。」
「あ、だから……。」
大丈夫だと言い募ろうとすると、急に鼻の前に指が一本立てられる。
ナハルティンのものだ。
「おーだーまーり。足手まといをつれてく余裕はないよん♪
カゼ引きちゃんはゆっくり休みなさ〜い。」
「だ、誰が足手まといだって?!」
馬鹿にするなとアルテマは息巻くが、
今度は横から控えめに腕をつかまれて押さえられる。
腕を引かれた勢いでそちらを向くと、
真面目そのものの顔つきになったペリドが居た。
「アルテマさん!いいですか、
頭痛がするときは、熱が出る前かもしれないんですから、
無理に動いたりしちゃいけません。
お願いですから、今日はゆっくり休んでください。」
ペリドに強い口調でさとされて、アルテマもさすがに考えを変えた。
彼女は本当に心配してくれていっているし、
何よりその真剣でがんとして譲らない目で見られると、迫力負けする。
見た目は自分より小さくても、やはり生きているキャリアの差のせいだろうか。
彼女は、ルージュなどとはまた違った意味で手ごわい。
「わ、わかった……。じゃあ、今日はおとなしくしてるから。
あ、でも留守番は1人でいいよ。」
「アルテマおねえちゃん、1人で平気?」
フィアスが心配そうに見上げてきたので、
アルテマは安心させるために、知らず笑顔になった。
「うん、大丈夫。クークーもポーモルもいるし。」
今日は低い山の登山なので、クークーとポーモルは連れて行かない。
これだけの人数を載せて飛ぶのは、彼にとってもそれなりに大変なことだ。
たまにはゆっくり休ませてあげなければいけないだろう。
ポーモルも、今回は一緒に休ませる。
夕までには帰ってこれる距離なので、昨日のような心配も無用だ。
「それじゃ、ちゃんと休んでろよ。
後からついてこようなんてすんじゃねーぞ!」
「はいはい、わかってるってば!」
いい加減、仲間が過保護なんじゃないかという気さえ芽生えそうになりながら、
アルテマは投げやりに返事をよこした。
これ以上言うと、故郷にいる彼女の母親より口うるさくなりそうだ。
山に向かう仲間の背を見送ると、
近くに居た子チョコボがアルテマの方にやってきた。
「クェクェ?」
「ねぇポーモル、この子なんていってるの?」
“お姉ちゃんもお留守番?だって言ってるのよ。”
「うん。あんたも?」
「クエー。」
こくんとうなずいて鳴いた子チョコボに、
おんなじだと言ってアルテマとポーモルは笑いあった。
その頃森の入口の方では、
退屈のあまりクークーは朝寝をしていたという。

―裏山―
ゆるやかな傾斜の山道は、
道幅こそ狭いながら、人の手がある程度入っているために歩きやすい。
最近は道が悪いところばかりうろついていたせいか、
まるでピクニックにでも来ているかのような気分になる。
魔物も居る事はいるが、比較的昼間はおとなしいものが多いようだ。
そうでなければ、ルージュのにおいにおびえる位弱いのだろう。
ともかく、怖いくらい楽な道を進んでいくと、ジュデムが生えている足場の悪い地点にたどり着いた。
がけに生えるといっても、本当の断崖絶壁というわけではない。
傾斜がけっこう急な坂といった方が、イメージに合うだろう。
「うわぁ〜……下、すごい坂だね〜。」
「気をつけてね、フィアスちゃん。
足をすべらせちゃったら大変だから。」
ペリドがフィアスに注意を促すように、確かに下は危ない。
木や草が生い茂っているために少しわかりにくいが、
かなり傾斜が急なので、落ちたら危ないだろう。
少なくとも、山になれていない人間や子供が這い上がることは困難だ。
「それじゃ、俺がとりに行く。お前らはそこで待ってろ。」
そういって、ルージュは足元に注意を払いつつジュデムに近づく。
適当な枝を何本か折って、すぐに戻ってきた。
「これで材料が全部そろいましたね。」
「そーだな。さっさと帰って作っちまおうぜ。」
「ん〜、楽だったね〜今日は……って、言いたいところなんだけどね〜。」
意味深な言葉をつぶやいて、ナハルティンは帰ろうとしていた足を止める。
それとほぼ時を同じくして、リトラやルージュも足を止めた。
「何か……おるみたいやな。」
「アイテムにもなんねーいらない客だな。」
リュフタの張り詰めた声に、リトラはやる気がないとも取れる声で応じる。
「おやおや、いらない客とは失礼だ。」
小ばかにしたような物言いが天から降ってきた。
辺りが薄暗くなり、裂けた空間から1体の魔物が現れた。
全身を装甲のような物で覆った、表情が伺えない不気味な姿。
全体的にスリムなフォルムと4本の腕。
人に近い体型だが、どことなくは虫や爬虫類などに似ている気がする。
見ためはそれほど腕力が強くなさそうだが、油断は出来ない。
「てめー、ダークメタル・タワーの親玉の回し者かよ?!」
リトラは斧を構えて、フィアスやペリドなどをかばうように立った。
明らかに、相手には善意はひとかけらも無い。
いつ仕掛けてこられてもいいように、全員戦闘態勢に入る。
「さぁて……どうだろうねぇ!」
「来るぞ!」
ルージュが鋭い声を飛ばす。
「言われなくたってわかってる!」
相手の最初の一撃は、あいさつ程度の軽いもの。
そう恐れることはない。
「アイスラ!」
飛んできたエネルギー弾は、それほど大きくはなかった。
ナハルティンは短く詠唱した魔法で、即座にそれを相殺する。
「ふ……さすがは上級魔族、なかなかのもの。はっ!!」
「そんなん、あたるわけないやろ!」
即座に第2撃のエネルギー弾を繰り出してくるが、
今度は軌道上に居たリュフタとリトラにかわされた。
だが、これもまだ本気ではないかもしれない。
「えらそーな口利いてんじゃないの、カマキリちゃん。
バトルをなめてかかると痛い目にあうんじゃないのー?」
相手がまだ小手調べのつもりでいると思っているのか、
小ばかにした態度でナハルティンがけらけらと笑う。
その目は、挑発的な的な光を宿している。
「ナハルティンさんこそ、真面目にやってくださいよ!」
「つっこみはいいから、サポートをしっかりしろよジャスティス!」
ナハルティンのセリフにご丁寧にお叱りを飛ばすジャスティスに、
リトラは念のために釘を刺した。
「わかってます!!」
もちろん、ジャスティスもいつまでも彼女の発言にかまうまねはしない。
敵からさっと距離をとり、すぐに後衛に下がる。
「リトラさんルージュさん!前はよろしくお願いします!!」
「任せろ。」
「OK!後ろには絶対近寄らせないんだから!」
今日は数少ない前衛向きのアルテマがいない。
そこでルージュとリトラが前衛となり、ナハルティンも積極的に攻撃に転じることにした。
「威勢がいいじゃないか。小僧共の分際で!
我が名はマンティスリザード。死の旅に出る前に教えてやる!」
「やっぱカマキリじゃねーか!
6本足トカゲは引っ込んでろよ!!」
言うなり、リトラは得意のトマホークをお見舞いする。
しかし相手もさるもの。斧の軌道を読まれ、あっさりかわされてしまう。
ルージュのツインランサーは相手の体を掠めるが、ともかく動きが速い。
「おや、追いつけるのは竜の坊主だけかね?」
「うぁっ!」
挑発と同時に、片側の2本の腕を使っての体を吹き飛ばす。
飛びかかろうとしたリトラは体勢を崩し、地面にたたきつけられた。
「その『竜の坊主』から目をそらしてていいのか?」
相手が挑発と攻撃をしている間に距離を詰めていたルージュが、
ツインランサーで急所を狙った一撃を繰り出す。
「おっと!」
もちろん承知の上で行動したマンティスリザードは、
慌てもせずに身をねじり、急所から攻撃をそらす。
かすったとはいえ当たりこそしたが、皮膚が固いのか大した傷にはならない。
「は、はやすぎるよ〜……。」
フィアスが泣きそうな声でぼやき、攻撃の的にならないように後衛に下がる。
未熟な彼の魔法の腕では、回復以外には当てになりそうもない。
「フィアスちゃん、私の後ろまで下がって!」
ペリドがフィアスを呼び、背にかばう体勢をとった。
最年少の彼を、素早い敵の攻撃にさらすわけには行かない。
アルテマのように弾き飛ばされるようなことがあれば、
幼く体重が軽い彼はひとたまりもないだろう。
「かまいたち!」
「っ!……大したことはないじゃないか。次はこち―。」
リトラのかまいたちを体で受け止めつつも、マンティスリザードのダメージは薄い。
一瞬足止めをされたものの、余裕は消えない。
「無駄に硬いねー、この馬鹿は。フレイラ!」
「ぐっ!」
リトラのかまいたちこそ効果は薄かったが、
かまいたちを潜り抜けて飛んできたフレイラの青い炎はなかなかの衝撃だったようだ。
反撃しようと構えるちょうど寸前に命中した。
慌てて顔をかばったようだが、かばった腕の表面は真っ黒にこげている。
「上級魔族様をなめないでよね〜、カマキリちゃん♪」
「―プロテス!」
ジャスティスが詠唱を完了し、前衛で戦う2人に魔法をかけた。
ルージュはともかく、人間であるアルテマには重要だ。
―ったく、厄介だぜ……。
リトラがこっそり舌打ちをする。敵の動きは素早い。
魔法の威力も高くコントロールがうまいナハルティンは心強いが、
詠唱をきちんと唱えないところを見ると、
仲間を巻き添えにする心配があるというよりも、
前衛をすり抜けて後衛に来させないためのけん制という色が強い。
何しろ、普段なら前衛にいるはずのアルテマが足りないのだ。
攻撃自体が激しいのに後衛の守り手が少ない以上、仕方がないことである。
だが、このままの流れでは状況は芳しくない。
ここは足止めするか、大きく体勢を崩させる必要があるだろう。
「―スロウ!」
リュフタが補助魔法を唱えるが、動きが遅くなった気配はない。
耐性があるのだろう。と、なるとストップの効きも期待できないかもしれない。
「がんばって!」
後ろで何もしないということは出来ず、
フィアスは袋から出した銅の砂時計を使った。
しかし、相手の魔法耐性は考えていないから、無駄に終わるかもしれない。
そう、予想したメンバーもいた。
だが、いざその効果が発動すると少し事情が違ったようだ。
「砂時計!?」
耐性を持ってはいても、完全に効き目を防ぐことは出来なかったのだろう。
マンティスリザードの動きが一瞬止まる。
その隙に、ルージュの攻撃が決まった。
「くっ……こしゃくな。」
「トカゲの分際で、無駄に硬い野郎だな。」
ルージュが嫌そうにつぶやく。
彼の言葉ではないが、本当に無駄に硬いことだ。
攻撃が直撃しているのに、今装備している程度の武器では、思ったようなダメージを与えられない。
本性を現した方が早いかもしれないと、一瞬ルージュは考えた。
その様子を見かねて、ペリドがリトラに向かってこう叫んだ。
「……リトラさん!私、あれを唱えます!」
「やめとけ、リスクがでかすぎだ!
俺がやるからこっちはまかせとけ!」
ペリドの憑依魔法も強力だが、
相手はまだ実力や能力が測りきれていない難敵だ。
自分の体に宿すという特性上、出来る限りは使わせない方が得策だろう。
万が一のことがあれば、取り返しがつかないことになる。
「ルージュ!」
「わかった、任せろ!ナハルティン!」
「オッケー!カマキリのダンス、見せてあげるわよー!
そーら、踊んなさい!ファイラ!スパクラ!ダークラ!!」
ルージュに頼まれるや否や、実に楽しそうに連続で魔法を叩き込む。
炎、雷、闇の3属性が一気に襲い掛かった。
「っ!この……見くびるなぁ!!」
「!」
さすがに全て避けられるわけもなく、
いくらか命中してあちらこちらがこげついた。
しかしそれを気にせず、一気にナハルティンとの距離を詰める。
鋭い爪が、とっさに防御の構えを取った彼女の皮膚を切り裂いた。
「ナハルティンさん!」
「このくらい、ほっときゃ治るって!
こっち気にする暇があったら、
あんたはペリドちゃんとフィアスちゃんを守んなさい!!」
負け惜しみではなく本気でそう吐き捨てて、
ナハルティンは回復しようとしたジャスティスを一喝した。
言っているそばから、高い治癒力を持つ彼女の体は再生を始めている。
「――セインラ!!」
リュフタの光魔法が、マンティスリザードに命中する。
きちんと詠唱を行った魔法だが、魔法防御力も高いらしく、思ったほどは傷が深くない。
「全く、思っていたよりはつまらない。
早く奥の手を出したらどうだね?」
マンティスリザードの挑発に、すでに召喚魔法の詠唱に入っているリトラは答えない。
魔力がリトラを中心に渦巻き、いよいよ詠唱も正念場といったところだろうか。
「ふむ……やる気なのか。」
((……?!))
強力な威力を誇る召喚魔法。
黒魔法などとはまた違う魔力の動きを察したマンティスリザードは、嫌なくらい冷静につぶやいた。
その冷静さに、ルージュやナハルティンは違和感を覚える。
強力なその力をやり過ごす秘策があるのか、それとも何か企んでいるのか。
だが、何故か嫌な予感がする。
「リトラ!やめろ、呼ぶな!!」
本来、魔法というものは詠唱を途中で中断していいものではない。
だが召喚魔法なら、来るなと一言命じれば幻獣は来ないかもしれない。
嫌な予感がしたルージュは、リトラを止めようと声を張り上げた。
『ルージュさん?!』
「え、え?どうしたの?!」
血相を変えて叫んだルージュに、ペリドは動揺する。
ジャスティスやフィアスも困惑していた。
だが、詠唱に集中している当のリトラの耳には届かない。
「――いでよ召喚獣!シヴァ!!」
召喚された美しい氷の精霊が、一時的に別次元に滑り込んで消えたリトラ達の代わりに立ちはだかる。
彼女が片腕をすっと上げると、冷たい氷の力が彼女の周辺を取り巻き始めた。
その時、わずかに心でほくそ笑んだマンティスリザードに、召喚者であるリトラは気がつかなかった。



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気がつけば3ヶ月近く間が開いたという、非常に冷や汗をかくことをまたやりました。
まぁ、この時冷や汗の原因になることは他にもあるのですが……。
うっかり後半で居ないはずのアルテマが居ないかどうか、今も不安です。
居るものだとして書いちゃったときがあったので。
裏を返せば、戦闘では一応自分の中では存在感があるということかもしれませんが。